瞑想に興味があり京都で座禅体験をしてきました。
帰ってくると娘も少し興味があるというので早速習ってきたことを伝えてみようと試みました。
一番最初に教わったことは、調身・調息・調心という考え方です。調身(ちょうしん)とは身(姿勢)を調えること、調息(ちょうそく)とは 呼吸を調えること、調心(ちょうしん)とは 心を調えること。教わった順番に姿勢や手の置き方、呼吸を数える方法、こころの様子をみるのに水面を心の中で描いて、その水面の状態がどう見えているか、などを伝えました。素人なのでやはりいずれかは本人が禅寺に行って教わるのが良いと思いましたが、おぼろげながら雰囲気は伝わったのかと思います。
娘との会話の中で、なぜ座禅を組むのかという話になりました。このような問いは座禅体験中はしなかったので正解は持ち合わせていませんが、自分の中では以下のように推測している、と伝えました。
・「今」に集中する、ことを覚える。今この瞬間、呼吸に集中することで、今に集中することを体験する。意外と昨日あったことや、今日明日明後日1週間後にしなければならないことを考えたりすることも多いと思いますが、意識的に「今」に集中することを、人間、動物のもっとも基本的な活動である呼吸に集中することによって経験する。ただ、実際にやってみるといろいろな考えが浮かんできます。禅寺で座禅を教えてくださったお坊様方によれば、それを観察して、受け止めて、今ここで本当に考えなくてもよいことであれば流すこと、と教わりました。
・「一つ」のことに集中する。いわゆるシングルタスク。呼吸に集中するという一点集中を体験することにより、「今」、「一つのこと」に集中することを体験する。マルチタスクの弊害については別途書きたいと思いますが、「今」、「一つのこと」に集中することは自分が求めていること。
・「動く自分」と「それを客観的に見ている自分」の整合性をとる、思いと行動を一致させる、ことを覚える。一心同体とは複数の人間が心を一つにして動くことだと思いますが、一人の人間の中でもこころ(思い)とからだ(動き)が一致しないことは起こるので、それを観察して軌道修正する。例えば、やらなければならない用事があるのに何日もやらないでおくことがあります。重要性が低くて無意識のうちに先延ばししているのであれば良いのですが、大事だけれど面倒なこともあります。このような場合、本当にやらなければならないのであれば、本当に大事だと思っているならば、実行に移してゆくしかないのですが、こころ(こころ)とからだ(行動)は必ずしも一致しないことはよくありますね。座禅を通じてこころとからだが一致してゆくことで改善が期待できると良いですね。
・座禅体験中にお坊様が、そのお師匠さんから言われた「「ばかになれ」とよく言われたのですが、この年になってそのことばの意味がよくわかってきました」ということを仰られていました。旅したい羊は「考えすぎて行動に移れないこと、もんもんとしているだけでどうどう巡りになってしまうこと、よくあるな。」「それよりは今に、一点に、集中してこころとからだを合わせて行動してゆくのが良いのかな」と思いました。